富士登山・吉田ルート《2022年7月1日》富士山登頂


2022年7月1日富士山が開山、富士山登頂、浅間大社・久須志神社はまだ開いていませんので、御朱印は頂けません。

天気は良かったですが、8合目から9合目付近は雲の中で、下山中に少し雨が降りました。 開山初日、登山者も少なく、無事に下山できてよかったです。

(吉田ルート)

●下山道、通常は下山専用道ですが、 7/1~7/10、山頂~本八合目の区間は登山道を下山することになります。(落石注意!) ※山頂付近は、道幅が狭く、急勾配で、浮石も多いので、更にこの期間、登山者と下山者が混在するので、特に落石に注意が必要です。

●富士スバルラインは、7/15~8/31、マイカー規制があります。

●御朱印は、7/10頃~9/10頃、頂けます。


伊勢志摩の「神明神社」と「石神さん」に早朝参拝


伊勢志摩の「神明神社」と「石神さん」に早朝参拝、
社務所はまだ開いていませんでしたので、御朱印は次回に頂きます。
石神さんは、女性の願い事を一つだけ叶えて下さるそうです!
神明神社の境内で「さざれ石」を発見!


箭弓稲荷神社に参拝して御朱印を頂きました《令和4年6月12日》


私にとって箭弓稲荷神社は、ご縁の深い神社です。
平成9年に完成した現在の参集殿に、少々協賛させて頂く機会もあり、参集殿横の記念碑に名前の刻名も頂いきました。
当時は東京に住んでいましたので、年に数回参拝させて頂きました。
こちらで初めて「御朱印」を拝受して、平成15年7月5日に『御朱印の旅』が始まりました。
平成20年に東京を離れて、15年ぶりの参拝となりました。
【箭弓稲荷神社】
住所:埼玉県東松山市箭弓町2-5-14
和銅5年(712年)創建の保食神(うけもちのかみ)を祀る神社。
平安時代中期の武将、源頼信(みなもとのよりのぶ)が戦勝祈願をしたことに由来し、その後も松山城主、川越城主をはじめ多くの人々の信仰を集めた。
五穀豊穣、商売繁昌、家内安全の守り神として、交通安全や厄除けをはじめ、開運や学業成就などの祈願者が後を絶たない。
県指定文化財でもある社殿には優れた彫刻が施されているほか、境内のぼたん園は1300余株を有し、例年4月中旬に見頃を迎える。
参集殿には巨大な御朱印が展示されています。
高さ1.42メートル、印面の縦横1.3メートルの御朱印は、「最も大きな木製スタンプ」として2016年にギネス世界記録に認定されました。


《須弥山・しゅみせん》と、お題が付いた古谷石です!


《須弥山・しゅみせん》と、お題が付いた古谷石です!この石の特徴は、中央にある、そそり立つ【須弥山】にあります。


須弥山とは古代インド仏教の世界観で、その仏教世界の中心にある想像上の山のことです。

更に頂上には三十三天に分かれ、その一つの喜見城に帝釈天が住み、他の三十二天を支配するというスケールである。
しかもその上に、五段界に分かれた世界があり、最上段の悲想非非想天(有頂天)というところが、如来の世界である。
これら須弥山が千集まって一小千世界といい、一小千世界が千集まって中千世界といい、大中小の区別がある故に、これを総称して三千大世界と称する。

そして全宇宙にはこのような大三千世界が限りなく存在するという。
その須弥山頂上の喜見城に如来さまがしばしば来臨し、人間の住む南贍部州(なんせんぶしゅう)に対して如来の法力を及ぼし、人間の前世・今世・来世の三世はもとより、我らの先祖代々一切にその功徳をもって供養をもって供養守護をして下さるとのこと。
そればかりか奈落の底まで如来の慈光は万遍なく届き四苦八苦の衆生を救済して下さるのである。
更にこの須弥山を守る四天王を始め、数えきれないほどの菩薩達が仏教信者を擁護して下さる。

しかも須弥山のまわりの東の方から、白銀の光・南からは瑠璃の光・西側からは頗梨(はり)の光・そして北の方から黄金の光が無限に広がる須弥山上空にその光を下から上に照らし、その四色の光が須弥山上空で混じり合い、言語に尽くせないおごそかな光となって、壮麗な仏国土を照らしている。
山の形は上と下の直径が大きく、腰が細く杵状の形で九山、八海、四州などから成立する。

須弥山の世界の根底は、風・水・金の三輪が成立する。

日本でも古くは、『日本書紀』に須弥山の記述があります。
また、飛鳥の石神遺跡から明治時代に出土した須弥山石も有名です。
日本庭園の須弥山形式では、中央に突出する岩を須弥山に例える石組です。

身近なお仏壇では、須弥壇を境に、上の部分が天上界、下の部分が地上の世界を表します。